まずは、うらみつらみから。
研究は概算で2週間遅れていると思っていたのですが、
さらに2週間遅れたと思っています。
当初の予定からすれば、計7週間くらい遅れていると思います。
今週、2週分取り戻す予定です。それでも3週くらい・・・くはっ。
一応、夏休みはお盆数日を除いてとらない予定です。
とりあえず、本を読みたくて仕方がなかったので、読んでます。
状況は何にも改善していないのにね。
で、二ヶ月も日記を書かなかったことなんて、この6年間(この7月で6周年ですよまったく)、なかったと思うけど
あ、枕もとの日記帳の方は、数年来で一番まともにつけたかも。
それでも、以前のように毎日はつけられなかった。
休刊つづきだわ。今月も出せなかった。
夏は大好きな季節なので、
夏や雨のエッセイを何本も書いたのだけど、上手くいきませんでした。
あと、最近あんまり創造的な気分になれない。(大それた言い方だわね)
ひとつ分かったことは、私にとって本を読むのも何か書くのも本当に大事なことで、
素直に考えると、ずっとそうしていたいというのも、私の望みであるということ。
これが夢のようなものであるとするなら、毎週末ごとに実現可能といえばそうだし、
「遊んで暮らすこと」だと思えば実現はなかなか難しいものだろうといえる。
あと、絵を描くのも好きなんだけど、最近ほとんど描いていないので、
真面目に練習しようかと少し考えている。。。電車の中でクロッキーとかね。
来月も再来月も出せる自信がないが、10月か11月ならもしくは・・・と思っている。
昨日は昨年祖父が亡くなった日で、
あの暑くて白昼夢のような日々の真ん中の日だったことを思い出して、
この一年が本当に早かったことを月並みにも、思った。
祖父の入院中の、ずっとICUにいた間のこと
その日はCDを持って行って、流してもらった。
私のお気に入りのゲイリー・カーのコントラバスのソロで日本の歌。
滝廉太郎や山田耕作なんかをかけて、看護婦さんに怒られないように小声で母と歌った。
ICUはいつも少し甘い変な臭いがした。
授業もテスト勉強もほとんどほったらかしで、1日おきに病院に通った。
面会時間を無制限にしてもらってからは可能な限りつきっきりだった。
本当はもっと書いておきたいこと、たくさんあるんだけど、
まだ上手く言葉にならない。私が小学生の時に亡くなった祖母のことも。
祖父のことを少し思い出しただけでもぼろぼろ泣く。
先日なんか、祖父の一周忌に親戚が本当にたくさん集まってくれて(母が無理してたくさん集めたと言っていた)、それだけでお経を聞きながら涙が出た。
祖父のことを話していて、人の前でもぼろぼろ泣いた。
泣かないようにしようと思っているわけではないから、たくさん思い出してもっと泣きたい、泣きたいだけ泣きたいと思っているけど。
やっぱり、1年経ってもそれだけ泣くっていうのはあまり普通のことではないらしい。
それだけ、当時、泣いてる暇がなかったんだと思う。
母は祖父の入院中から頭がいっぱいで、言ってることもしどろもどろ(?)だったし、
私がしっかりしなきゃとは思った。
レポートや課題もたくさんあって、ついちょっと前まで、本当に心休まる間もなかった。
最近やっとすこし落ち着いたリズムになってきて、それでやっと、思い出したり、考えたり、泣いたり、できるようになったのかな、って思う。
お墓参りに行って、
帰りにイタトマで一人当たり1600円分も飲食するという暴挙(だと思う)に出た。
ケーキまでいかなかった。
いや、もう一つ候補にあったまともなイタ飯屋だったら、それじゃ済まなかったと思うけど。
イタトマのモッツァトマトクリームが好きだ。

コメントする